2016年の発売スタート以来、シリーズ累計出荷が80万枚を超えるユニバーサル・ジャズの定番シリーズ「ジャズ百貨店」。今年4月には新たにBOSSA NOVA編30タイトル、6月にFUSION編30タイトルが加わりました。その中から注目の作品をそれぞれ5作品ずつピックアップし、ご紹介しております。

 


 

チック・コリア『マッド・ハッタ―』

 チック・コリアは、ハービー・ハンコックやジョー・ザヴィヌルと並び、ジャズにエレクトリック楽器を取り入れた先駆者。ピアノを主体にフェンダーローズ・エレクトリックピアノのみならずシンセサイザーも駆使するジャズ・フュージョン界のトップランナーだ。そして三者三様、ピアノのスタイルがそれぞれ異なるのと同様、シンセサイザーを用いた際にも個性が際立つ。

 

 この『Mad Hatter』(1978年)は「不思議な国のアリス」に触発されたアルバム。『The Leprechaun』(1975年)、『My Spanish Heart』(1976年)に続くコンセプチュアル三部作のラストである。

 

 

 M-1.はまさにチックのエレクトリックな側面が表出する一人鍵盤多重作品。クラシックの室内楽をシンセで表現したようなアンサンブルで、森の妖精が朝方目覚めたようなメルヘンさが魅力的。

 

 M-2.は、お得意のピアノ弦ミュート奏法に弦カルテットが絡むバルトーク風な作品だ。続くM-3.でブラス・セクションによるファンファーレに続くメルヘンチックな雰囲気の中、ゲイル・モランによるベルカント唱法が飛び出す。これらと5. 7.の4曲はインタールード的に絵画的な世界を描く。

 

 

 M-4.はいよいよチックの真骨頂。名盤『FRIENDS』と同メンバー、ジョー・ファレル(ts)、エディ・ゴメス(b)、スティーブ・ガッド(ds)による歯切れの良いメロディとキメを伴うファースト・スイング・チューン。モーダルなコード進行上で繰り広げられる、バップ・イディオムを廃した右手のフレーズと左手のアクセントにマッコイ・タイナーの影響を感じるが、よどみのない軽快なタッチはチックならでは。ファレルのテナーはコルトレーンの影響を感じるがより爽やかな印象でチックに合っている。それにしてもガッドのスイング・ドラムはそれまでのどのジャズドラマーとも異なるテイスト。ミュートの効いた音色と確実なルーディメントのなせる技であろう。

 

 M-5.で再び絵画的な室内楽に戻り、本アルバムのクライマックスといえるM-6.へ。

 

 

ここではクラシカルな歌唱に続きチックのもう一つの声とも言えるmini moogシンセサイザーによるリードソロが味わえる。飾り気のない音色ながらビブラートやピッチベンドは大げさなのが彼の特徴。終盤ダイナミックなピアノソロで大曲の幕が閉じられる。余談ながら彼のシンセ・ソロはフレディ・ハバード(クラウス・オガーマン編曲)のビッグバンド作品《The Love Connection》でも異彩を放つ。

 

 M-8.ではラテンタッチな曲調の中、硬質な音色のゴメスやガッドもフィーチャーされるが、あくまで物語の中の1シーンといった印象。

 

 

 M-9.は再び『FRIENDS』的なジャズサンバ曲で、moogソロの後、ゲストに迎えられたハービーのローズ・ソロへと続き、チックとのタッチやアプローチの違いが浮き彫りになる。その後はパーカッションやブラス他、本アルバムの演者総動員で大団円を迎えるが、フェードアウトというのが時代を表しているか。

アルバムを通して壮大なサントラのようで、アニメかオペラを見終えたかのような充実感を味わえる。

 


 

【リリース情報】

チック・コリア『マッド・ハッタ―』

UCCU-6288

https://store.universal-music.co.jp/product/uccu6288/

 

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