日本でも需要がますます高まっているヴァイナル市場。毎月注目のジャズのヴァイナル新譜をご紹介していきます。

 


 

キース・ジャレット『ソロ・コンサート』

 

キース・ジャレットの3枚組LP『ソロ・コンサート』の“新譜”が、目の前にある。今年の春に始まったECMレーベルのアナログ盤企画「ECM Luminescence Series」の、10月リリース分に選ばれたのだ。1973年の3月にローザンヌ(スイス)、7月にブレーメン(ドイツ)でライヴ収録が行われ、同年中にオリジナルLPが発売されている。今回の再発は、その制作・発表50周年を兼ねているのだろう。

 

 

LP3枚組、計6面。2度、盤を入れ替え、3回、盤を裏返す。1枚目のB面はフェード・アウトで終わり、2枚目のA面へと続く。興奮が途切れないように、ピアノのフレーズを頭の中で反復しながら、盤をクリーナーで拭き、針をおろす。

 

聴き終わった後に訪れたのは、自分でも驚くほどのカタルシスだ。私はこの作品を何度もCDで味わってきた。想像力に訴える、流れるような演奏を、流れるように聴いてきた。が、CD化される前は、当然ながら、このアルバムは基本的にLPで流通していた。“基本的に”と書いたのは8トラック・カートリッジ、オープンリール、カセットといったテープ類でも出ているからだが、テープ派はさておき、大半のリスナーは皆、盤を何回か裏返しながらキースの打鍵に酔っていたはずだ。「ああ、自分はその感触を今、遅まきながら体験しているのだな」と思うと、なんともいえない感慨がこみあげてくる。CD化によってしっかりつながったパフォーマンスを、LP各面という“分断された形”で聴くことによって、「このパッセージは、この面に入っていたのか」と発見することができたのも収穫だった。

 

キースが初めてのソロ・ピアノ・アルバム『フェイシング・ユー』をオスロ(ノルウェー)のスタジオで録音したのは71年11月10日のことだ。音楽史上において、今なお極めて画期的な営みに挙げられるであろう「既成の楽曲を演奏したり変奏するのではない、ゼロから始まる、相当にメロディアスな長時間即興ソロ・パフォーマンス」に取り組むライヴをいつから始めたのは定かではないものの、ディスコグラファーのマウリツィオ・ガルボリーノが調査したところによると、72年3月10日(『フェイシング・ユー』のリリース月)にストックホルムで行われたソロ・ライヴでは既に長時間即興が展開されていたようだ。いっぽう、キース自身は2000年に「ハイデルベルク・ジャズ・フェスティヴァル(ドイツ)で、既成のレパートリーと、その各曲をつなぐ即興的パートを演奏したことから発展して、少しずつ既成楽曲を含まない即興コンサートへと移り変わっていった」というようなことを語っている。ハイデルベルク祭の開催は72年6月上旬であったようだが、とにもかくにも、動画サイトにアップされている72年8月のモルデ(ノルウェー)公演ではすでに本作『ソロ・コンサート』に通じる、山あり谷あり、しかしピアノ・タッチそのものは明晰流暢であり続ける即興ソロ・ピアノ世界が広がっている。

 

 

英国のジャズ・ロック・バンド“ニュークリアス”のボスでもあったイアン・カーが著した『キース・ジャレット 人と音楽』によると、『フェイシング・ユー』のレコーディングはECMレーベルの代表であるマンフレート・アイヒャーがキースに手紙を書いたことで実現した。同セッションの成功を経て、ふたりの信頼関係は一気に深まってゆく。キースはジャック・ディジョネットとのデュオで制作した音源を託し、ECMはこれを『ルータ&ダイチャ』という題名でアルバム化。次なるプロジェクトにあたる2枚組LP『イン・ザ・ライト』では、ピアニストとして以上に現代音楽(といっていいだろう)の作曲家としてのキースの側面がクローズアップされた。やりたいことを存分にできる音楽家と、それを喜び大いに乗り気になっているプロデューサーが交歓している図が思い浮かぶ。それにしても、ピアノをそれほど弾かない/金管五重奏や弦楽四重奏も参加/記譜/スタジオ録音/2枚組の次が、ピアノ弾きまくり/独奏/即興/ライヴ/3枚組の『ソロ・コンサート』であるとは、すさまじいほどの振幅ではないか。しかもこの大作はアメリカのジャズ雑誌“ダウンビート”の1974年度国際批評家投票「最優秀ジャズ・レコーディング」や日本のジャズ雑誌“スイングジャーナル”の1974年度「ジャズ・ディスク大賞 金賞」に選ばれ、以降もキースが『ケルン・コンサート』や『サンベア・コンサート』などのソロ・アルバムを発表したり、ソロ公演を行なうごとに“原点”として顧みられる機会を持つなど、相当に陽の当たる道を歩んできたベストセラー~ロングセラーとして今に至っている。

 

 

「ECM Luminescence Series」に関しては、第一弾にケニー・ホイーラーの『ヌー・ハイ』とナナ・ヴァスコンセロスの『サウダージ』を持ってくる着眼点の鋭さにすっかり惹かれてしまったが、その後も、ドン・チェリーやチャーリー・ヘイデンが結成した“オールド・アンド・ニュー・ドリームス”の同名アルバム(旧邦題;ロンリー・ウーマン)、ゲイリー・バートンの『ニュー・カルテット』(旧邦題;マレット・マン)などを差し出してきたので、私はすっかり“ど真ん中の金字塔というわけではないものの、聴けば間違いなく満たされた気分になる”的なアイテムに光を当てる企画なのだろうと勝手に思い込んでいた。が、予想ができなそうだぞということが『ソロ・コンサート』のシリーズ入りで見えてきて、今度は何がここに仲間入りするのか、さらに心が高まっている次第だ。

 

 

左手による強靭そのもののオスティナート(一定のパターンの繰り返し)、ポップでファンキーな展開からプリペアード効果を生かした抽象的な世界に一気になだれ込むところ、ピアノの胴体を叩きつつの高揚、左右の手が別々の頭脳を持っているかのように奔放に動いて音をまき散らすところ、ドノヴァン・レイチのファンであるというのも納得の卓越したメロディ・センスなどなど、チャームポイントに事欠かないキース20代のソロ世界。アナログ再発を機に、平成、令和そだちの音楽ファンにも、じっくり味わっていただけたらと願う。

 


 

【リリース情報】

キース・ジャレット『Solo-Concerts Bremen Lausanne』

【直輸入盤】【限定盤】【3LP】

https://store.universal-music.co.jp/product/4505325/