ジョー・ロヴァーノ率いるトリオ・タペストリーの3枚目となるアルバム『Our Daily Bread』が届いた。これまでと同様に、マリリン・クリスペルのピアノ、カルメン・カスタルディのドラムとのトリオで、楽曲はすべてロヴァーノのオリジナルである。前作『Garden of Expression』について本コラムで書いた原稿(https://bluenote-club.com/%e3%80%90newest-ecm-vol-5%e3%80%91joe-lovano-garden-of-expression/)でロヴァーノの歩みとトリオの成り立ちについては触れたので、そちらもぜひ参照いただきたい。

 

 ロヴァーノは、「タペストリー」という言葉に特別な思いを抱いているようだ。クラシック音楽から現代音楽やフリー・インプロヴィゼーションへと進んでいったクリスペル、ラスヴェガスのステージを始め、西海岸の音楽シーンで活動を続けてきたカスタルディという、出自の異なる者たちの織り成すサウンドを指すと共に、ロヴァーノ自身の紆余曲折のあった音楽人生を言い表してもいる。

 

 

 2022年11月に、トリオ・タペストリーのライヴも行ったことがあるカリフォルニア州サンフランシスコのSFジャズ・センターで、4夜に渡ってロヴァーノによる4つの異なるプログラムが催された。それはロヴァーノの多彩なキャリアを振り返るプログラムだった。

 

第1夜は70年代のロニー・スミスやジャック・マクダフのバンドでの活動を振り返るように、ラリー・ゴールディングスのハモンド・オルガンをフィーチャーしたトリオで登場した。第2夜は2000年代に自身のカルテットにハンク・ジョーンズを迎えた際のレパートリーを演奏し、第3夜はジョン・スコフィールドを迎えて、80年代の彼のカルテットでの活動を振り返った。そして、第4夜はデイヴ・ダグラスを迎えて、彼とのアルバム『Sound Prints』に結実したアグレッシヴな活動にフォーカスした。

 

他にも、ロヴァーノはポール・モチアン、ビル・フリーゼルとのトリオはもちろんのこと、エスペランサ・スポルディングからミルフォード・グレイヴスまで、実に幅広く、柔軟性に富んだ演奏を繰り広げてきた。

 

 

 そして、現在の彼が力を注いでいるのが、トリオ・タペストリーだ。Blue Note時代とは大きく音楽性が異なる、緩徐で落ち着いた演奏も、その背景には様々な音楽の蓄積がある。ECMに移籍して以降のロヴァーノの音楽は、ややシリアスに聴こえるかもしれない。『Our Daily Bread』も、ガンサー・シュラーから学んだ十二音技法を使った「All Twelve」でスタートする。しかし、クリスペルの透明感のある開放的な響きのピアノが導き、カスタルディのシンバルとスネア、ロヴァーノのテナー・サックスが織り成す世界は、決して不安定な状況へは導かず、調和と均衡のある音の戯れを持続している。

 

 

 2曲目の8分を超える「Grace Notes」は、本作のハイライトの一つだ。これまでのトリオ・タペストリーの演奏とは異なり、次第に高揚感とスピードを伴っていく。最小限のトリオによるモーダルでスピリチュアルでもある演奏は、60年代後半のマイルス・デイヴィスのグループにまで遡って、その鋭く研ぎ澄まされた瞬間を刻もうとしている。一方で、アルバム・タイトル曲の「Our Daily Bread」は、ジョン・コルトレーンのテクスチャーを浮かび上がらせていくかのようだ。

 

 

 チャーリー・ヘイデンへのトリビュートである「One For Charlie」のソロ・テナーと、続く「The Power Of Three」の三者の瞑想的でありつつハーモニーを安易に奏でない演奏は、内省的な側面を大切にしている。それらは、決して閉鎖的になることなく響いている。ロヴァーノは本作の前に、ギタリストのヤコブ・ブロと共にポール・モチアンのトリビュート・アルバム『Once Around The Room』を録音した。その時にモチアンについて、こんなコメントを残している(※1)。※1:https://downbeat.com/news/detail/for-the-love-of-motian

 

 

「彼はリズムを解放し、ただビートを演奏するだけでなく、ドラムを音符のように考えて演奏した。ポールのトリオでは、ビルとテーマを決めて自由に音楽を作っていた。その考え方がグループの基盤になり、それ以来、自分が手がけたほとんどの作品にその要素が含まれている」

 

 マンフレート・アイヒャーが、カスタルディのドラムにモチアンと重なるものを感じたのも、ロヴァーノの楽曲がもたらしたものがあったからだろう。これまでのトリオ・タペストリーの作品に比べても、本作にはよりそのことが顕れている。サックスとドラムのデュオである「Rhythm Spirit」もそれを証明する曲だ。テナーの音色とフレーズに繊細に呼応するドラムが素晴らしい。ラストの「Crystal Ball」では、ピアノとサックスは共にテーマを奏でるようでいて微妙に重なり合わず、ただ響きが共鳴し合っている。それは冒頭の音の戯れへとまた戻っていくかのようだ。そして、アルバムは開放的な余韻を残して終わる。

 

 


 

【リリース情報】

Joe Lovano Trio Tapestry『Our Daily Bread』

発売中

Joe Lovano Trio Tapestry (lnk.to)