『A Time To Remember』は、アルバニア出身でスイス在住のエリーナ・ドゥニがイギリスのギタリスト、ロブ・ルフトと組んだ『Lost Ships』の続編とも言えるアルバムだ。二人の詳細については、『Lost Ships』の拙稿(BLUE NOTE CLUB (bluenote-club.com))を参照いただきたい。

 

『Lost Ships』がリリースされた2020年11月は、ヨーロッパで再びロックダウンが発生した時期で、リリース・ツアーもキャンセルとなる中、実現したのがエジプトのカイロ・ジャズ・フェスティヴァルへの出演だった。その公演後、ドゥニとルフトはウイルス感染者が殆どいないシナイ砂漠に半年以上滞在した。『A Time To Remember』に収められたオリジナル曲の多くは、この滞在にインスパイアされたものだ。それに、アルバニアやコソボのトラッドも演奏されている。

 

 

 ドゥニのヴォーカルとルフトのギターに、マシュー・ミッシェルのフリューゲルホーン、フレッド・トーマスのピアノとドラムという編成は『Lost Ships』と変わらないが、サウンドはより色彩感が増し、特にギターを軸にしたアンサンブルが際立っている。「これまで作った中で最も映画的なアルバムだとも感じていて、すべての曲が異なる映画を示唆している。伝統的なフォークソングの多様で多言語なレパートリーからインスピレーションを得ている」とドゥニはプレスで説明している。『Lost Ships』もバルカン半島のトラッドとシャンソンやアメリカーナなどを繋げ、多様な音楽のルーツにあるものを照らし出そうとしていたが、『A Time To Remember』ではさらにレパートリーの幅を広げると共に、変則的な編成のバンドでのアンサンブルを発展させた。

 

 

 サウス・ロンドン出身のルフトは、英国王立音楽院の少数精鋭のジャズ・コースで学び(短期で学んでいたジェイコブ・コリアーも同期だった)、ECMとも縁の深いジョン・アバークロンビーやケニー・ウィーラーの教えを受けることで、狭義のジャズの習得ではなく、ポップスからフリー・インプロヴィゼーションまで幅広く演奏するきっかけを得た。実際ルフトは、グラント・グリーン、デレク・ベイリー、それにインディ・ロックバンドのディアフーフの音楽を同列に語り、愛する。また、イギリス、特にロンドンのジャズ・ミュージシャンの多くが指摘するように、アフロ・カリビアンや西アフリカの音楽、インド音楽などのコミュニティのハブを形成しているのがロンドンで、ルフトもその中で様々なミュージシャンと演奏する機会を得た。ECMが紹介してきたスカンジナビアのジャズ・シーンと同じように、ロンドンのジャズ・シーンはアメリカとは違うオリジナルなサウンドを見出したとルフトは指摘する。こうしたルフトの志向と、ドゥニが長年探求してきたアルバニアをはじめとしたバルカン半島の音楽の再発見と再解釈が交わったところに、『Lost Ships』と『A Time To Remember』はある。

 

 

 特に『A Time To Remember』は、二人の共同作業がより有機的な音楽を作り上げている。ギターとピアノのユニゾンで始まるオープニングの「Évasion」はオリジナル曲だが、ベルギー系イスラエル人の詩人でホロコーストの生存者であるエステル・グラネクの詩から採られている。続くアルバニアのトラッドである「Hape Derën」にはスムーズに繋がる。そして、『Lost Ships』以上にギターは第二のヴォーカルのように鳴っている。また、アコースティック・ギターをフィーチャーしたオリジナル曲の「A Time To Remember」やアルバニアのトラッドの「E Vogël」は、ポピュラーソングのように響く。ドゥニは自分がダークな音楽に惹かれるのに対し、ルフトの曲と演奏には太陽のような輝きがあると指摘していたが、それが『A Time To Remember』ではより鮮やかな対比を生み出して、『Lost Ships』以上に幅広い表現を獲得している。

 

 

 チャーリー・ヘイデンが妻に捧げた「First Song」のカヴァーも美しい。アビー・リンカーンがアルバム『The World Is Falling Down』で取り上げた際に付けた歌詞を歌っている。元々メランコリックなバラードだが、ここではまるでトラッドのように聴こえ、アルバムの世界観に組み込まれている。ブロードウェイのミュージカル曲「I'll Be Seeing You」のカヴァーも同様だ。一方、コソボのトラッドである「Mora Testinë」では、印象的な旋律を少しだけモダンに響かせ、ルフトの素晴らしいトーンのソロへと繋いでいく。

 

 共産党独裁政権下のアルバニアでは、西洋音楽を聴くことは禁じられ、一部のクラシック音楽のみを聴くことができた。トラッドの歌詞はプロパガンダに書き換えられ、曲の複雑な部分は聴きやすいものに改変されたという。スイスに亡命したドゥニは、そこで初めてアルバニアの音楽を意識するようになった。そして、彼女が歌うトラッドは、民俗学の資料の中から見出してきたものだ。その歌は、ルフトによって異なるテリトリーやジャンルと触れ合い、新たに再生されていく。それは、ECMならではの視点をアップデートするものでもある。

 

 


 

【リリース情報】

Elina Duni/ A Time To Remember

発売中

https://Elina-Duni.lnk.to/ATimetoRemember