大ケガからの劇的なカムバック作品『Get My Mojo Back』から1年3ヵ月、ピアニストの海野雅威が待望のニュー・アルバムを発表した。タイトルは『I Am, Because You Are』。
ハンク・ジョーンズ、ジミー・コブ、フランク・ウェス、ジュニア・マンス、ディック・モーガンら数多くのジャズ・レジェンドたちの薫陶を受け、ロイ・ハーグローヴ・クインテット初の日本人レギュラー・メンバーに抜擢、さらにウィナード・ハーパーやジョン・ピザレリ等のバンドでも活動を続けてきた彼の、ピアニスト/作曲家/バンド・リーダーとしてのさらなる充実が刻まれた清々しい一枚だ。「LOVE SUPREME JAZZ FESTIVAL JAPAN 2023」出演のために帰国中の機会を捉え、話を聞いた。
海野 : 『Get My Mojo Back』は、また少しずつピアノが弾けるようになってきたところでレコーディングしました。いろんな人のサポートを受けて、支援コンサートもしていただいて、こんなに自分を愛していただいているということに対する恩返しの気持ちや、生かされている事、ピアニストでいられることに感謝して生まれた作品です。今回のアルバムがその続編であることは間違いなく、僕の気持ちは『I Am, Because You Are』というタイトルに集約されています。あなたがいるから、僕はここにいられる。そう思いながらアルバムづくりに取り組みました。
前作はダントン・ボーラー(ベース)、ジェローム・ジェニングス(ドラムス)とのレギュラー・トリオに、曲によって管楽器やパーカッションを加えた内容だったが、今回はトリオによるパフォーマンスで占められている(「Autumn Is Here」のみソロ・ピアノ)。昨年の11月から12月にかけて開催された国内ツアーを通じて、この3人の絶妙なコンビネーションを堪能し、一刻も早いトリオ・アルバムを待ち望んでいたファンも多いことだろう。
海野 : ツアーをしたり、日々の生活など、いろんな時間を共有してきたメンバーであるトリオで録音するのは僕も望んでいたことです。長く一緒に過ごしているからこそ、息が合ってくることはありますからね。前作も大好きなミュージシャンに入ってもらって演奏しましたが、ベーシックなところにはこのトリオがありました。僕の場合は作曲しているときも、“この人に演奏してもらいたい”というイメージが心のどこかで自然と出てきます。今回も、新曲を書いているうちに、ジェロームのドラムの音や、ダントンのベースが鳴っているイメージが、最初の段階から聞こえてきました。
大切な仲間、ジェロームとダントン
ジェローム・ジェニングスは、オハイオ州クリーヴランド出身。ソニー・ロリンズ、ハンク・ジョーンズ、クリスチャン・マクブライド、ウィントン・マルサリス等と共演し、『The Beast』、『Solidarity』という充実したリーダー・アルバムも残している。『I Am, Because You Are』では、巧みなスティック・ワークはもちろん、ブラシやマレットにも魅力も発揮、さらにタンバリンでも躍動感を付け加えた。
海野 : ジェロームは本当に繊細な音楽家です。素晴らしいミュージシャンの定義にはいろいろあると思いますが、一番大事なのはどれだけ周りの音を聴いているか、と同時に自分の言いたいことをしっかり表現できるか。彼はそのバランスが素晴らしいですし、常に個性的でクリエイティヴな演奏をしています。音のタッチも抜群に綺麗です。僕が最初にジェロームのプレイを聴いたのは2006年頃、彼がハンク・ジョーンズのバンドで演奏した時です。僕とはハンクとの思い出も共有しています。
インディアナ州ゲイリー生まれのダントン・ボーラーは、ロイ・ハーグローヴ、シェイマス・ブレイク、エルヴィス・コステロらと共演。去る2月にリリースされたリーダー作『Space』には海野も参加している。
海野 : 僕がロイ・ハーグローヴのバンドに入った時のベーシストはアミーン・サリームでしたが、彼が参加できないときはその前任のダントンが戻ってきて演奏していて、その時にダントンと出会いました。僕は人種を基準に物事を語るのをあまり好みませんが、あえて言うと、ロイ・ハーグローヴ・クインテットの中で、僕はただひとり日本人のメンバーでしたが、ダントンのいた頃は彼がただひとり白人のメンバーでした。その事はロイのバンドにいた頃のお互いの境遇が重なる部分もあり、話が合う事もありますが、それ以前に音楽的にも人間的にもすごく波長が合います。
ダントンはアフリカン・ミュージックやロックにも精通していて、オープンな心の持ち主です。彼と話しているといつもポジティブな気持ちになれます。それは演奏も同じです。ユージーン・ライトが彼の師匠で、“これがベースなんだ”というプレイは師匠譲りで、ベーシストらしい惚れ惚れするような演奏しますよ。
ダントンの師、ユージーン・ライトは1940年代には自身のバンド“デュークス・オブ・スウィング”を率いて活動(サン・ラーやユセフ・ラティーフがメンバーだったと伝えられる)、その後ジーン・アモンズらと共演し、1958年から67年にかけてデイヴ・ブルーベック・カルテットで活動した。バンドの錨というべきダントンのプレイは、まさにライト直伝といったところだろう。
海野 : 前作『Get My Mojo Back』のときは、ロイの『Earfood』(2008年作品)で使ったベースを弾いてくれましたが、今回はユージーン・ライトから受け継いだベースを使っています。デイヴ・ブルーベックのアルバム『Time Out』(1959年録音)でも使われていた楽器です。
ルディ・ヴァン・ゲルダーとの約束
録音場所は、モダン・ジャズ・ファンにとっては永遠の聖地というべき米国ニュージャージー州のヴァン・ゲルダー・スタジオ。海野は伝説的エンジニア、ルディ・ヴァン・ゲルダーが手掛けた最後の作品であるジミー・コブのアルバム『Remembering U』(2016年録音)のメンバーでもあった。
海野 : 生前のルディ・ヴァン・ゲルダーに会えたのは本当に奇跡的なことでした。2016年にジミー・コブのバンド・メンバーとしてレコーディングに参加したのですが、当時、ルディはすでに引退されていて、新録音はしていない状況でした。しかし、“ヴァン・ゲルダー・スタジオでレコーディングしたい”というジミーの依頼を受けて、例外的に自ら録音を引き受けてくれました。長年の友人同士であり、歴史的なレジェンド2人が会話しているのを横で聞いているだけで僕はとても幸せでした。そのレコーディングにはロイ・ハーグローヴも参加していて、それがきっかけで彼のバンド・メンバーになったので、個人的にも特に思い出深いレコーディングです。
スタジオの中にはスロープができていて、段差もなくて、電動車椅子に乗ってルディが現れた時は“神様が来た”という感じでした。普段はレコーディング中の音楽のことに対して、良いとも悪いとも言わない方のようですが、その時はすごく楽しんでくれていました。新作のエンジニアを担当してくれたルディの唯一の弟子のモーリーン・シックラーもそこにいましたが、彼女が“こんなに機嫌のいいルディは本当に珍しい”と言うほどでした。とても温かい目をした方で、“君自身のプロジェクトがあるときは、ぜひまたこのスタジオに来てほしい。それまで僕は元気でやってるし、今度はもっといい音でレコーディングできるから”と声をかけてもらいました。
絶対“これでいい”と満足しないのが真のレジェンドであり、だからこそ長年、第一線に立てたんでしょうね。その2ヵ月後に亡くなってしまうとは思いも寄りませんでした。今回このスタジオに7年ぶりに戻ってくることができました。ルディはもういないけど、僕のプロジェクトでヴァン・ゲルダー・スタジオに帰ってこられて、約束を果たすことができたという思いです。
飾らず清々しい気持ちで完成した作品
楽曲はすべて海野のオリジナル。前述『Remembering U』に収められていたシダー・ウォルトンへのトリビュート曲「Cedar's Rainbow」(ウォルトン未亡人も大いに気に入ってくれたという)といった旧作のリメイク、息子に捧げた「Eugene's Waltz」、ゴスペル、ブルース、ラテン等の要素を取り込んで渦のような音世界を描く「Let Us Have Peace」など、入魂という言葉がふさわしいものばかりだが、一緒に歌えそうな軽やかさを持ちあわせているのもいい。
海野 : 家でゆっくり聴けるアルバムを作りたかったということもありますし、自然に浮かんでくる楽想をそのまま表現したいという思いは、以前から持っています。ジャズ・レジェンドたちは親しみを持てる曲を書いていました。僕はオリジナルを作る時も、スタンダードのようになってほしい、いずれ歌詞もつけたいと思いながら、歌えたり、口づさめるメロディアスな曲を作りたいと以前から思ってきました。
今回のアルバムは前作と同様に、飾らずにとても清々しい気持ちでレコーディングできました。“自分はこういうミュージシャンで、こう表現したい”ということが、意図はしていませんが、より自然で明確になった気がします。ジェローム、ダントンと3人で演奏してきたことの積み重ねが自然と表れた、2023年の今だからこそ作ることができたアルバムだと言えます。ジャズ好きの方はもちろん、ジャズが初めてという方にもぜひお聴きいただきたいです。
【リリース情報】
海野雅威 AL『I Am, Because You Are』
2023年5月24日リリース
SHM-CD:UCCJ-2223 ¥3,300(税込)
https://Tadataka-Unno.lnk.to/IABYA
01. サムホエア・ビフォー
02. アフター・ザ・レイン
03. ユージーンズ・ワルツ
04. シダーズ・レインボー
05. ワン・ウェイ・フライト
06. C. T. B.
07. プット・ザット・シット・イン・ダ・ポケット
08. オーヴァー・ザ・ムーン
09. レット・アス・ハヴ・ピース
10. アイ・アム、ビコーズ・ユー・アー
11. オータム・イズ・ヒア
海野雅威(p)
ダントン・ボーラー(b)
ジェローム・ジェニングス(ds)
2023年3月3日、4日、ニュージャージー、ヴァン・ゲルダー・スタジオにて録音