Jakob Bro / Uma Elmo
(文:原 雅明)
デンマークのギタリスト、ヤコブ・ブロの音に初めて接したのは、ECMからリリースされたポール・モチアン・バンドの『Garden Of Eden』(2006年)だった。ブロを含めた3本のギターと2本のサックスにドラムという変則的な編成で、オーネット・コールマンを思われるアンサンブルや複雑なテクスチャーも顕れる刺激的なアルバムだった。だが、この時はまだブロのことを特別に意識はしなかった。彼の音楽に興味を持ったのは、同じデンマークのエレクトロニック・ミュージックのプロデューサー、オピエイトことトーマス・ナックとのアルバム『BRO/KNAK』(2012年)がきっかけだった。双頭名義の2枚組のアルバムには、ブロがポール・ブレイ、ケニー・ホイーラー、ビル・フリゼール、ジェフ・バラード、トーマス・モーガン、ダビ・ビレージェスらと録音した音源と、それらをナックが再構築した音源がそれぞれ収録されていた。
僕はナックへの取材をきっかけに、彼と時折連絡を取り合う仲になった。ビョークのアルバム『Vespertine』(2001年)のメイン・プロデューサーで知られ、デンマーク放送協会のラジオDJも長年務めてきた彼は、お勧めの音楽を教えてくれる存在でもあった。ブロとのアルバムも彼から直接知らされた。ブロがオピエイトの音楽を気に入っていたことで実現したのだが、これを聴いてブロの音楽に俄然惹かれた。ビレージェスのピアノ・ソロからスタートし、クラリネットとハープのデュオだけの曲もあれば、聖歌隊のコーラスと共にフリゼールとブルースを弾く曲もあった。ナックも単なるリミックスではないフリーフォームな音楽性を表現していた。様々な面で、作曲家、プロデューサーとしてのブロの多様性が光る作品だった。
ブロは、『BRO/KNAK』と前後して、ニューヨークで録音した『Balladeering』(2009年)、『Time』(2011年)、『December Song』(2013年)の三部作もリリースしている。彼が師事したポール・モチアンと、親友だというベン・ストリート、ビル・フリゼールとで結成したグループに、リー・コニッツも加わってスタートした録音だった。その様子は『Weightless』というドキュメンタリー作品に残されている。当時、ブロは31歳、モチアンは78歳、コニッツは82歳だった。若きブロがニューヨークで新しいネットワークを築き、世代を超えたミュージシャンを集めて録音を進める様子が映し出されている。
それ以前にも、ブロは、ニューヨークで自分を励ましてくれた存在であるカート・ローゼンウィンケル、マーク・ターナー、クリス・チークらと録音した作品も発表している。これらは全てブロのレーベルLoveland Recordsからリリースされたが、それと並行して、前述の『Garden Of Eden』の録音でECMからデビューを果たし、トーマス・スタンコ・クァルテットの『Dark Eyes』(2009年)にも参加した。2000年代後半から2010年代初頭にかけてのブロの活動は、実に勢力的だった。デンマークの王立音楽院を経て、バークリーとニュー・スクールで学んだブロは、ニューヨークのジャズ・シーンでの活躍を期待されたが、デンマークに戻る選択をし、そこから更に音楽家として成熟していくことになる。その舞台を用意したのがECMだった。
ECMからの初リーダー作『Gefion』(2015年)は、2013年11月にノルウェー、オスロのレインボー・スタジオで録音された。ベーシストのトーマス・モーガン、ECMを支えてきたノルウェーのドラマー、ヨン・クリステンセンとのトリオだった。このトリオで2014年におこなった来日公演に足を運び、ブロのギター・プレイを初めて生で聴いた。エフェクトを多用しても、音数は極めて少なく、ブルース・ギターの影響も感じさせる一方で、エレクトロニクスを扱うかのようなプレイも聴かせた。それは『Gefion』にも反映されていて、ギタリストとしてはビル・フリゼールやテリエ・リピダルに連なるECMらしいプレイヤーだと感じた。その後、ドラムがジョーイ・バロンとなったトリオで録音した『Streams』(2016年)、再びヨン・クリステンセンが参加してトランペットのパレ・ミッケルボルグも迎えた『Returnings』(2018年)もリリースされた。リリースを重ねるにつれて、ブロのギター・プレイは音数が少なくなっていった。ベースやドラムもリズムをキープするというよりも、空間を支え、音を埋めていくように演奏されていった。
そして、2021年にECMから5枚目となるリーダー作『Uma Elmo』がリリースされた。これまでとの大きな違いは、ノルウェーのトランペッター、アルヴェ・ヘンリクセン、スペインのドラマー、ホルヘ・ロッシとのトリオに変わったことだ。ヘンリクセンはスーパーサイレントのメンバーとしてノルウェー・ジャズに新たな流れをもたらし、ECMからデヴィッド・シルヴィアンも参加したリーダー作『Cartography』(2008年)もリリースしている。尺八にインスパイアされたというフルートのようなトランペットの奏法と、エレクトロニクスの使用にも特徴がある。ロッシは、90年代からニューヨークのジャズ・シーンに関わり、特にブラッド・メルドーのトリオなどで長年活動してきた。ロッシはまたピアニスト、ヴィブラフォン奏者でもあり、最新のリーダー作『Luna』(2020年)では、60年代のリー・モーガンやデューク・ピアソンのカヴァーを中心としたヴィブラフォン・クァルテットの演奏を聴くことができる。
ヘンリクセンとロッシという対照的な歩みを経てきたプレイヤーとブロは、ルガーノのスイス・ラジオ・スタジオでのセッションで初めてトリオで演奏した(録音もルガーノのAuditorio Stelio Molo RSIで行われた)。二人との共演を望んでいたというブロがプレス・リリースに寄せた言葉を少し引用しよう。
「ホルヘとは何度か共演したことがあるが、初めて聴いた1997年頃から憧れていた。彼は時間とフォルムを深く理解している。周りのすべてのものが動いている状態でも、音楽の中にただ存在することができて、あまりに多くのことをせず、充分正確に演奏し、暖かさ、躍動感、コントラスト、色、時間、スイング、ソウルを加えてみせる。彼はまた作曲の素晴らしいセンスを持っていて、音楽に息吹を与えてくれるのだ」
「アルヴェのサウンドに出会って心を打たれ、すぐにコラボレーションの話を始めていた。ルガーノでのセッションは、彼と初めて一緒に音楽を演奏しただけではなく、刺激的な出会いともなった」
ブロとプロデューサーのマンフレート・アイヒャーでなければ、このトリオのコンビネーションは成り立たなかっただろう。そして、そのことは冒頭の“Reconstructing a Dream”の演奏に顕著だ。これは、2008年にポール・モチアン、ベン・ストリートとのトリオで録音された曲である(ブロのリーダー作『The Stars Are All New Songs Vol. 1』に収録)。モチアンとのライヴでも演奏した曲を再解釈することからアルバムはスタートする。オリジナルの“Reconstructing a Dream”がニューヨークのジャズに根差したサウンドだったのに対して、新録は北欧のジャズを経た新たな解釈と言えるサウンドになっている。続く、トーマス・スタンコに捧げた“To Stanko”は、ヘンリクセンのトランペットに焦点を当てているが、スタンコのプレイやサウンドとは異なることでスタンコから得たインスピレーションの深さを表現している。
ブロの弾く音数の少ないギターには、ジャズからアメリカーナへと溯行して削ぎ落とされたシンプルな表現を聴くこともできれば、北欧のジャズやエレクトロニック・ミュージックに顕れる空間構築を聴くこともできる。『Uma Elmo』では、それらがより複層的に混じり合った表現を完成させた。そして、ブロの音楽は独自の表現を確立しながらも、いまもニューヨークのジャズとの繋がりを証しているのだとも思う。
(作品紹介)
Jakob Bro / Uma Elmo
J写
発売中
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