文:佐藤英輔
ジェラルド・クレイトン(1984年生まれ)は、ジャズ界のエリート家系にあるピアニストである。父親は名バンド・リーダーで、ダイアナ・クラール表現の肝となる位置を占めたりもするダブル・ベースのジョン・クレイトンで、叔父はアルト・サックスのジェフ・クレイトン。恵まれた環境のもとクラシックとジャズの英才教育を受け、彼はマンハッタン音楽院在学中からクレイトン兄弟のアルバム他に参加。2009年からリーダー作を出すようになり、現代ジャズ・シーンの俊英ピアニストとしての評価を高めてきた。彼はテリ・リン・キャリトン、ケンドリック・スコット、ザ・ネクスト・コレクティヴ、ラウル・ミドン、ジョン・スコフィールド、ニーボディ、その他のアルバム録音にも関与してきている。
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そんなジェラルドは、“考えること”ができる音楽家である。高校時代からしているという、その弾けた髪型からチャラい人物のように思ってしまう人もいるかもしれない。だが、地はかなり真面目だ。彼に2017年に取材したことがあったの(以下、引用する発言はその際の発言)だが、その髪型の話から、「音楽なら外見的なところから入るのも、アリだと思う。でも、若い人が政治的なリーダーを見かけで選ばないようにと願う。格好いいからと気分でこの人でいいやとか、そういうふうに考えて欲しくない」と、彼はさらりと言った。
彼の思慮深さはなにより、そのリーダー・アルバムに現れている。「僕のことを全部見せるとしたら、1年にアルバムを20枚か30枚出さないといけない。でも、それは無理。僕は3年に1枚ぐらいしか出せないので、できるだけそのアルバムを通してオープン・マインドな気持ち、率直な自分というのを出したい」と語るジェラルドは、アルバムごとにポイントを定めた作品を発表し続けている。たとえば、前々作の『Tributary Tales』(Motéma、2017年)は彼にとっては一番ハイブリットな内容で、アコースティックな音が主となるものの、DJ的な折衷感覚を介した末広がり作だった。と思えば、前作となるライヴ盤『ハプニング~ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』(2020年)は2管のクインテットで、これぞ今のリアル・ジャズという本懐が漲る正々堂々の一作だった。
さて、新作『Bells on Sand』は過去エマーシーやコンコードなどからもリーダー作を出してきたクレイトンのブルーノート第2弾、通算6作目となるアルバムだ。プロデュースのクレジットはジェラルド自身。彼は5年ぶりとなるスタジオ録音作をどのような内容にし、現在の自分を表出したかったのか。本作は、あまりに多様な設定で録音されている。以下は、曲ごとに見ていこう。
1.Water’s Edge
弓弾き音もまばゆい父ジョンと、ジェラルドのデビュー作『Two-Shade』(EmArcy、2009年)から行動をともにするドラマーのジャスティン・ブラウンとのトリオによる。ジェラルド作。吟味された音の重なりが、途方もない余韻を生む。
Gerald Clayton - Water's Edge (Audio) ft. John Clayton, Justin Brown
2.Elegia
ジェラルドとジョンのデュオ。取り上げるのは、スペインはカタルーニャのクラシック作曲家であるフェデリコ・モンボウ(1993〜1987年)の曲。本作を作るにあたりジェラルドはここ10年愛聴しているという繊細極まりないモンボウ曲を取り上げることを切望した。1分20秒弱という小曲であるのは、ヴォイシングが完璧で加えるものが何もないという理由による。
3.Damunt de tu Només les Flors
同じくモンボウによる歌曲で、トリオ演奏に1994年ポルトガル生まれのシンガーであるMAROがスペイン語の歌をのせる。ジェラルド曰く、父ジョンは自分をインスパイアし続けた先達で、同士であるタイソンは今、そして若年のMOROは未来を示す、そう。
Gerald Clayton - Damunt de tu Només les Flors (Audio) ft. John Clayton, Justin Brown, MARO
4.My Ideal 1
リオ・ロビン(1900〜1984年)とリチャード・A・ホワイティング(1891〜1938年)とニューウェル・チェイス(1904〜1955年)。ミュージカルや映画音楽にも関わった広義の米国人ポピュラー・ソングの作曲家たちによる1930年共作曲をソロ・ピアノで披露する。
5.That Roy
このアルバム中、もっともコンテンポラリーなビート(さすがジャスティン・ブラウンという聞き味アリ)感覚を携えた曲で、オリジナル。彼はピアノだけでなく、オルガン、電気ピアノ、ヴァイブラフォンもここで手にする。
6.Rip
ミステリアスな情感に満ちたジェラルド作。5.に続きこの曲もジャスティンと二人で録っている。ジェラルドは部分的に電気ピアノも弾く。
7.Just A Dream
MAROをフィーチャーしたジェラルド曲で、伴奏音はピアノのみ。独特のムードを持つMAROはバークリー音大を経て、現在はLAに在住。ジェイコブ・コリアーと絡んだこともある。なお、過去ジェラルドはテーマ部を自ら歌ったり、グレッチェン・パーラトをゲストに迎えたり、スポークン・ワードを用いたことがあったりと、肉声を用いることに抵抗を持っていない。
8.My Ideal 2
再び、ソロ・ピアノで。4.と同じくロビンたち3者が書いた曲を、そこにある機微はそのままに時空を超えさせんと、ジェラルドは指を這わせる。
9.Peace Invocation
自作曲。現ジャズ界最大級の重鎮テナー・サックス奏者であるチャールズ・ロイドとのデュオにて披露する。ジェラルドはロイドの『Wild Man Dance: Live at Wroclaw Philharmonic, Wroclaw, Poland, November 24, 2013』(Blue Note、2015年)や『8:Kindred Spirits』(同、2020年)に参加。「転機といえば、2006年にロイ・ハーグローヴのグループに入ったことでツアーをし様々なことを学んだこと。さらに、最初のアルバムを出したのも大きなことだったし、チャールズ・ロイドとやった時は貴重な経験となった」
Gerald Clayton - Peace Invocation
10.This Is Music Where You’re Going My Friends
叔父ジェフのゴスペル調曲を取り上げる。ジョンとジェフによるザ・クレイトン・ブラザーズの『Expressions』(Warner Brothers、1997年)のやはりクローザーだった曲だ。
ソロ演奏から所縁の人たちとのデュオやトリオ、そしてカルテットによる歌唱入りの作品まで。素材は異郷のクラシック曲から米国ポピュラー音楽の礎になった楽曲、そして今の自分を投影したオリジナルまで。それらを、ジェルラルドは静謐にストーリーテリングしている。その指針は、コロナ期を経ていることも関係があるか。その様は、柔和でありながら毅然。ジェラルドは大きく呼吸をしながら、過去〜現在〜未来を俯瞰し、その不可分な美や創意を具現している。
(作品紹介)
Gerald Clayton 『Bells on Sand』
https://Gerald-Clayton.lnk.to/BellsonSand
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