©Cedric Angeles

 

眩しいほどの大作― テレンス・ブランチャードが贈る新作『アブセンス』に迫る

 

 「常に好奇心を持ち、成長し続けることが私にとって最も重要だ。ウェイン・ショーターと会話した時を思い出すよ。彼が、音楽を分類して語ることはない。ただ、音を作ること、アイデアを作ることについて語る。それはまた、今の私の考え方でもある」。
 「ウェインは“ジャズは、君に挑みかかってくるものなんだ”(Jazz means I dare you)と言っていた。その通りだと思うよ。私は“これは何だ?” というような音楽を作りたい。それが、自分自身の仕事をしていることになると思うから」。


 昨年“クイーン・オブ・レア・グルーヴ”“DJソウル・シスター”ことメリッサ・A・ウェーバーの取材に答えて、テレンス・ブランチャードはこう語っている。約40年ものあいだジャズ・トランペット界のトップ・クラスに位置し、作曲家としても盟友スパイク・リーの監督作品を含む無数の映画音楽を手がけ、バンド・リーダーとしても無数の逸材を音楽界に送り出し、2019年にはオペラ「ファイアー・シャット・アップ・イン・マイ・ボーンズ」も完成させた(メトロポリタン・オペラ・ハウスでアフリカ系アメリカ人の楽曲が上演されたのは、これが初めてだったそう)、どう考えても大御所中の大御所である彼が、まだまだこんなに燃えさかっているとは、まったく眩しいほどだ。そして、発言に登場するサックス奏者ウェイン・ショーターもまた、“前進のたいまつ”をしっかりと握り、ほかのどこにもない音作りを展げてきたカリスマといえる。
 テレンスとウェインのジャズ界における“母校”は、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズである。ブレイキーといえば「モーニン」や「ブルース・マーチ」等の超有名曲を持ち、生涯を通じてダイナミックでファンキーなアコースティック・ジャズに取り組んだ巨像というイメージが個人的にはあるのだが、テレンスによると「とにかく今は創造あるのみ。スタイルがどうのとか伝統性がどうのとか、そんなのは後世の歴史家に任せておけばよい」と考える人物像であったらしい。ウェインは1959年から64年、テレンスは1982年から86年にかけてメッセンジャーズに在籍した。公な初共演は89年に行なわれたブレイキー70歳記念の同窓会イベントだろうか(『ジ・アート・オブ・ジャズ』)。歳月を経た2000年秋、テレンスは“セロニアス・モンク・インスティテュート・オブ・ジャズ”の芸術監督に任命された。チェアマンはハービー・ハンコック、評議員会にはウェイン・ショーターもいた。テレンスはいう。「彼らと話をすればするほど、私は自分に自信を持てるようになった。私を大きく成長させてくれたんだ」。スーツを着て生楽器だけでジャズを演奏するという“くびき”から自由になった時期である。2005年のテレンス作品『フロウ』にハービーはプロデューサー、ピアニストとして尽力。そしてこの最新アルバム『アブセンス』に、テレンスはウェインに寄せる思いをこめた。「自分の曲を眺めると、ウェインからいかに多くのことを学んだかわかる。私にとってウェインがどれほど大切な存在であるかを知ってもらうために、彼を称えたいと思った。アルバムには、ウェインの作品だけではなく、彼がどれだけ私たちに影響を与えたかを示す我々(レコーディング・メンバー)の楽曲も入っているよ」。
 本名テレンス・オリヴァー・ブランチャード、1962年ルイジアナ州ニューオリンズ生まれ。82年春、ウィントン・マルサリスの後任としてアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズに参加し、一気にジャズ界の中央に躍り出た。以降の歩みをざっと記す。

●ドナルド・ハリソンとの双頭クインテット(1983~89) 
ジャズ・メッセンジャーズの同僚であるサックス奏者ドナルド・ハリソン(クリスチャン・スコットの叔父)と組んだユニット。カール・アレン、サイラス・チェスナットなど同世代のメンバーを揃え、ネクタイとスーツ姿でアコースティック・ジャズを演奏した。ぼくは87年、北海道のフェスで初めてテレンスの生演奏を体験したが、トランペットをやや下向きに構え、ベル(音の出るところ)をマイクに思いっきり近づけて吹いていたのが印象に残っている。
●テレンス・ブランチャード・クインテット(1990~2000頃) 
引き続きスーツ姿のアコースティック・ジャズ路線。歴代メンバーにはエドワード・サイモン、エリック・ハーランド等がおり、現在はソプラノ・サックスに専念するサム・ニューサムがテナー・サックスだけを吹いていた時期もある。この頃からトランペットを、いわゆるインテグラル・マウスピース型のものに替え(ぼくは、日本人所有者に持たせてもらったことがあるのだが、おそろしく重かった)、非常に甘美かつ骨太のトーンを出すようになった。山形県のフェスで聴いた時は楽器をほぼ真正面に構え、「マイクから音が逃げても構わない」という感じで、豊かな生音を響かせていた。
●テレンス・ブランチャード・グループ(2001頃~2014) 
「テレンスの新章が始まった」との印象を受けたものだ。コスチュームはガラリと変わり、トランペットにはコンタクト・マイクが装着され、エフェクターを踏み込んでブロウするようになった。アーロン・パークス、デリック・ホッジ、ケンドリック・スコット等、数々の現代ジャズの覇者が去来している。
●テレンス・ブランチャード・フィーチャリング・ザ・E-コレクティヴ(2014頃~)  
フュージョン・バンドと形容する海外の記事もあるけれど、テレンスは単に「私のエレクトリック・バンド」と紹介、さらに「ジャズに馴染みのない若い世代をインスパイアしたい」、「クリエイティヴで面白く、かつダンサブルなものを作りたい」とも語っている。現メンバーはテレンスのほか、ファビアン・アルマザン(ピアノ、キーボード)、チャールズ・アルトゥーラ(ギター)、デイヴィッド・ギンヤード(ベース)、オスカー・シートン(ドラムス)。2015年に第1作『ブレスレス』、2018年に第2作『ライヴ』を発表、本作『アブセンス』が3年ぶりの通算3枚目となる。 

 


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“この場にふさわしいサックス奏者など、ウェイン以外の誰もいない”ことを示すまでもなくサックス吹きの気配はない(もっともE-コレクティヴ自体、テレンスのワン・ホーン・バンドなのだが)。そしてE-コレクティヴに負けず劣らず、強い存在感を発揮しているのが、1985年結成の弦楽四重奏“タートル・アイランド・ストリング・カルテット”だ。日本では90年代初頭、ウィンダム・ヒルというレーベルから出たポップな諸作がずいぶん人気を集めた――といっても、その時代の空気をナマで知っている聴き手は若くても既に50歳前後だろう。当時の自分など未熟だったくせにエラそうに「芸術性のクロノス・カルテット、大衆性のタートル・アイランド~、ねっとり感のアップタウン・ストリング・カルテット」などと分類比較し「やっぱりインテレクチュアルな要素が強くなけりゃ」とうそぶいたものだが、当アルバムでタートル・アイランドが放つ浮遊感、鋭さ、粒立ちに現在の自分は大いに心をときめかせ、己の過去を顧みる機会を得た。『アブセンス』におけるジャズ・バンドと弦の玄妙なつづれおりを、『アレグリア』『エマノン』などのショーター作品と並べて味わうのも楽しいだろうし、ピアノ奏者ヘレン・スンが8月下旬に出すハーレム・ストリング・カルテットとの共演盤『カルテット+』、9月8日リリースの上原ひろみ ザ・ピアノ・クインテット『シルヴァー・ライニング・スイート』と共に、いっそう深まりと拡がりをみせるジャズと弦のintersectを体感するための良き指南役にもなるはずだ。
 アルバムには、次のウェイン楽曲が登場する。

「ジ・エルダーズ」・・・ウェザー・リポートのアルバム『ミスター・ゴーン』(78年発表)に収録。
「フォール」・・・マイルス・デイヴィスのアルバム『ネフェルティティ』(67年録音)に収録。
「ホエン・イット・ワズ・ナウ」・・・ウェザー・リポートのアルバム『ウェザー・リポート(通称『ウェザー・リポート’81』)』(81年録音)に収録。
「ヂアナ」・・・リーダー・アルバム『ネイティヴ・ダンサー』(74年録音)に収録。曲名は、打楽器奏者アイルト・モレイラと歌手フローラ・プリンの愛娘にちなむ。
「モア・エルダーズ」・・・寡聞にして存じあげない。「ジ・エルダーズ」の変奏曲にも聴こえる。

 ジャズ・メッセンジャーズ時代や、60年代ブルーノート・レーベルに残したリーダー作からのオリジナル・ナンバーがひとつもないのが、なんとも興味深い。人気ランキングに入りそうなものを注意深くアヴォイドしながら演目を選択したのかもしれないし、「こんないい曲もあるんだ」と知らせたい気持ちも溢れんばかりだったことだろう。「ヂアナ」を除く4曲はすべて、E-コレクティヴのピアニストであるファビアン・アルマザンが編曲を担当している。とくにウェザー・リポート時代の楽曲はさまざまな音響が入り混じりエフェクトもかかっているため、どの箇所を生かすか取り去るか一大事だったと想像するが、「ホエン・イット・ワズ・ナウ」には度肝を抜かれた。ウェザー・リポート版の後半、エフェクト処理されたジャコ・パストリアスのベースがすさまじい勢いで突進するパートを、テレンスはトランペットでブロウする。地を這うような低音1981→突き抜けるような高音2021。これは痛快な遷移だ、と全身でリズムをとりながら聴いてしまった。


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 E-コレクティヴのメンバーではほかにチャールズ・アルトゥーラ(ギター)が「ダーク・ホース」を提供、デイヴィッド・ギンヤード(ベース)もタイトル曲や二部構成の「エンヴィジョンド・リフレクションズ」で作曲面における才覚もしっかり示し、“勇将テレンス・ブランチャードの下に弱卒なし”をまたしても証明する。タートル・アイランド・ストリング・カルテットの現リーダーであるデイヴィッド・バラクリシュナンも「ザ・セカンド・ウェイヴ」を持ち込み(2000年代初期、カントリー系ギタリストのジョン・ジョーゲンソンと弦楽オクテットのために作曲されたものであるようだ)、テレンスは書き下ろし曲の標題として、かつて彼との会話の中でウェインが語った忘れられないひとこと「アイ・デア・ユー」を選んだ。無論この曲のアレンジは、弦楽も含めてテレンス自身の手による。ちなみに彼の作曲の師のひとりはヘイル・スミス(マルチ・リード奏者エリック・ドルフィーの親友でもあった)であり、ストリングスの編曲を行なうようになったのはスパイク・リーに勧められたこと、および彼の父であるビル・リーに「弦楽器用の譜面も書けるか」と問われ、断り切れず、経験もないのに「はい」と答えてしまったことがきっかけであるようだ。ビル・リーと言えばアレサ・フランクリンとも共演歴のあるベーシストであり、ストラタ=イースト・レーベルにアルバムを残す“ザ・ディセンダンツ・オブ・マイク・アンド・フィービ”のボス。一人の男の中でヘイル・スミスとビル・リーとアート・ブレイキーとウェイン・ショーターの種が発芽している尊さ、これもテレンス・ブランチャードが生み出す音楽の興味深さにつながっているとぼくは確信してやまない。

2021年8月 原田和典




テレンス・ブランチャード『アブセンス』(Absence)

発売日:2021年8月27日 
品番:384-4264
https://store.universal-music.co.jp/product/3844264/

【収録曲】
1. Absence (David Ginyard)
2. The Elders (Wayne Shorter)
3. Fall (Shorter)
4. I Dare You (Intro) (Terence Blanchard)
5. I Dare You (Blanchard)
6. Envisioned Reflections (Intro) (Ginyard)
7. Envisioned Reflections (Ginyard)
8. The Second Wave (David Balakrishnan)
9. When It Was Now (Shorter)
10. Dark Horse (Charles Altura)
11. Diana (Shorter)
12. More Elders (Shorter)