ヤコブ・ブロ、ジョー・ロヴァーノ『ワンス・アラウンド・ザ・ルームートリビュート・トゥ・ポール・モチアン』

 

文:五野 洋 2022.11.18

ポール・モチアン、アメリカではポール・モーシャンと呼ぶ人が多いが、本人曰く自分のルーツであるアルメニアの発音ではモティアンが一番近いそうだ。

その偉大なドラマー・音楽家、ポール・モチアンが亡くなってから10年が経過した2021年11月、しかもその命日に7人のミュージシャンがコペンハーゲンのスタジオに集まった。

ヤコブ・ブロ(g)、ジョー・ロヴァーノ(ts, tarcogato)、ラリー・グレナディア(b)、トーマス・モーガン(b)、アンデルス・クリステンセン(bass guitar)、ジョーイ・バロン(ds)、ホルヘ・ロッシ(ds)。
 


7人全員がポールを師と仰ぐ強者たちだ。忙しいスケジュールを調整して全員が参加可能な日をどうにか見つけ出したら、その日はポールの命日だったとは奇跡に近い。しかもこのコロナ禍に全員がコペンハーゲンに来ることができたとはダブル奇跡としか思えない。パリからジョー・ロヴァーノ、ロンドンからラリー・グレナディア、ニューヨークからトーマス・モーガン、スイスからホルヘ・ロッシ、ベルリンからジョーイ・バロンが来て、ヤコブとアンデルスがコペンハーゲンで出迎えたのだ。多分スタジオには同窓会の様な温い雰囲気が漂っていたに違いない。ポール・モチアンもスタジオの上の方から見守っていただろう。

「みんな集まってくれて嬉しいよ。でも、ビル(フリゼール)はどこにいるんだい?」などとジョークを飛ばしたかも知れない。



ジョー・ロヴァーノがミニ・オーケストラと呼んだこの7人編成グループは1ギター、1サックス、3ベース、2ドラムという変則セクステットだが、ポール・モチアンのスピリットを見事に受け継ぎ、それを生き生きと表現している。

冒頭の「アズ・イット・シュッド・ビー」(ジョー・ロヴァーノ)からグイグイ引き込まれる。3本のベースとギターによるイントロにジョーのサックスが力強く咆哮する。ヤコブのエフェクター効果がそれに彩りを与えながらジョーのソロへと導く。2曲目「サウンド・クリエイション」は全員が自由にそれぞれのメッセージを発しつつジョーが見事にそれをまとめ上げ、高度なコラボレーションとして結実している。

3曲目のジョー・ロヴァーノ

「フォー・ザ・ラヴ・ポール」はジョーの吹くモンク風のテーマが強いメッセージを提示した後ソロでも貫禄を見せる。後半のベース3人だけになる部分はアンドレスのベース・ギター(センター)とトーマスとラリーのコントラバスの静かだが力強いインタープレイが秀逸だ。ヤコブがポールへの想いを込めた美しいイントロからジョーとのユニゾンでテーマを歌い上がる4曲目「ソング・トゥ・アン・オールド・フレンド」の美しさよ。



唯一のポールの曲「ドラム・ミュージック」はドラムのデュオが展開される中ヤコブのギターが強烈に切り込んで来る。それに呼応するかのようにジョーのサックスが煽る。後半のテーマに至っては阿鼻叫喚の極地。エンディングを見事に締めるドラムは誰だろう?最後の「ポーズ」もヤコブのオリジナル。ギターとベースが作り出す美しいバラード空間には、まるでそこにポール・モチアンが降りて来るかの様な神秘的な雰囲気さえ感じられる。いや、ポールはそこにいたに違いない。

ポール・モチアン・トリオとポール・モチアン・エレクトリック・ビバップ・バンドがポールの率いた二大レギュラー・グループだが、前者がビル・フリゼールとジョー・ロヴァーノの鉄壁トリオだったのと比べ、後者はポールがリクルートした数々の若手ミュージシャンが去来し、さながらニューヨークの若手登竜門の様相を呈していた。特にギターとサックスは旬の若手ミュージシャンが次々と参加し、ギターではウォルフガング・ムースピール、カート・ローゼンウィンケル、ベン・モンダー、ヤコブ・ブロ他。サックスではジョシュア・レッドマン、クリス・ポッター、クリス・チーク他。その後の彼らの活躍をぶり見ればポール・モチアンがいかに若手を抜擢しその才能を伸ばすリーダーだったかが良くわかる。その他にも前記トリオにチャーリー・ヘイデン(b)を加えブロードウェイから出たスタンダード曲を取り上げたオン・ブロードウェイ・シリーズもリー・コニッツ、ラリー・グレナディア、菊地雅章他をゲストに迎えて発展して行った。ポールはプーさんこと菊地雅章とも度々共演し、ゲイリー・ピーコックとのトリオ、テザード・ムーンの活動に加え、マンフレート・アイヒャーにプーさんを熱心に推薦していた。それがプーさんのECMデビュー作「サンライズ」として結実し、2009年にレコーディングされたが、リリースは2012年になったのでポールがそれを見届けることは出来なかった。

ポール・モチアンは2011年11月22日80才でこの世を去ったが、その20年前の1991年3月東京でポール・モチアン・トリオのライヴ・レコーディングした際、ささやかな還暦祝いをした。ジョー・ロヴァーノ、ビル・フリゼールも交えて大いに盛り上がった。その時に差し上げた家内自作のパウンドケーキを大変気に入ってくれたので帰国時にお土産としてもう2本プレゼントした。後で聞いたらJFKに着く前に2本とも平らげたそうだ。それ以来我が家ではパウンドケーキのことをモチアン・ケーキと呼んでいる。

We miss you so much, Paul.


■作品情報
ヤコブ・ブロ、ポール・モチアン『ワンス・アラウンド・ザ・ルームートリビュート・トゥ・ポール・モチアン』
Jakob Bro, Joe Lovano / One Around The Room- A Tribute to Paul Motian
UCCE-1197 SHM-CD
¥2,860(TAX IN)
https://store.universal-music.co.jp/product/ucce1197/