Anders Jormin 『Pasado en claro』

 


文:原 雅明

 1995年に死去したドン・チェリーが最後に残したリーダー作『Dona Nostra』(1994年)はECMからのリリースで、ピアニストのボボ・ステンソンやベーシストのアンデルス・ヨルミンらスウェーデンのミュージシャンを中心としたメンバーで録音された。60年代後半にスウェーデンに移住したチェリーは、ドラマーのベングト・ベルガーが率いたビター・フューネラル・ビアー・バンドでも演奏した(ECMからリリースの『Bitter Funeral Beer』の再発を切に願う)。ベルガーやステンソンはアフリカやアジアの民族音楽にも影響を受けたグループ、レナ・ラマを組んでいたが、チェリーの存在が彼らの活動に与えた影響は大きい。



 『Dona Nostra』の頃は三十代半ばだったヨルミンは、一回り歳の離れたステンソンのトリオのベーシストとしての活動と並行して、ステンソンと共にチャールス・ロイドやトーマス・スタンコのカルテットにも参加した。また、ヨン・バルケのオーケストラやシンガーのシニッカ・ランゲランの録音にも関わり、2000年代のECMに欠かせない存在の一人となっていった。父親がジャズ・ピアニストで、チャーリー・ヘイデンとゲイリー・ピーコックに魅了されてジャズの世界に入っていったヨルミンだが、クラシックのコントラバスも学び、一方でキューバやモザンビークに長期滞在して民族音楽の研究も長年続けた。



 ECMからの初リーダー作となる『Xieyi』(2001年)はベースと金管四重奏による演奏で、ジャン・シベリウスの聖歌やチリのビオレータ・パラのフォルクローレなどに混じってオーネット・コールマンの「War Orphans」がソロ・ベースで演奏された。ティグラン・ハマシアンのお気に入りでもあるこのアルバム以降も、ヨルミンはクラシック、ジャズ、民族音楽からの影響を対等に組み合わせ、歌と即興と作曲を並置させるプロジェクトを進めていった。それは、彼がベーシストとして関わったECMの諸作とは異なった独自の音楽性を表現し続けている。

 ヨルミンの『In Winds, In Light』(2004年)でヴォーカリストとしてフィーチャーされたレーネ・ヴィッレマルクは、マルチインストゥルメンタリストのアレ・ミュラーと録音した『Nordan』(1994年)でECMからデビューした(このアルバムもハマシアンのお気に入りだ)。フィドル奏者でもある彼女は、ミュラーらとスウェーデンのトラッドを現代的な文脈で演奏するフリーフォートの活動でも知られる。特にそのヴォーカルは新鮮で、ECMのフィルターを通すことでさらに洗練された響きを帯びた。ヨルミンやパレ・ダニエルソンらジャズ・ミュージシャンとも演奏する中で、即興的なアプローチも発展させてきた。


ロヨルミンとヴィッレマルクは継続的に活動を続ける中で、日本の二十五絃箏奏者の中川果林を招いて『Trees Of Light』(2015年)を録音した。中川のコンサートを観たヨルミンが、自分たちの音楽を未知の領域に持っていきたいと結成したトリオで、スウェーデンの森深い奥地にあるエルブダーレンの言葉で「光の木」を意味するリアストゥライニというプロジェクト名が付けられた。日本でも公演を行ったこのプロジェクトの二作目となる最新作が『Pasado en claro』だ。新たにドラマーのヨン・フェルトを加えた編成となった。フェルトは、ボボ・ステンソン・トリオのドラマーでもある。



 『Trees Of Light』ではフィドル、ベース、琴の弦のインタープレイが様々な局面を作り出していたが、『Pasado en claro』ではドラムが加わったことでサウンドと演奏に拡がりがもたらされた。ヴィッレマルクのヴォーカルも含めたコレクティヴのアンサンブルが確立されて、よりバンドらしいサウンドになったとも言える。「箏の疎らで古風な音は、コレクティヴの創造性を開花させる新しい空間を開くようだ」と本作のプレスリリースにはあるが、西洋楽器と互角に演奏できる3オクターブ以上の音域を持つ二十五絃箏ゆえのモダンな響きに聴こえる。

 

 


©Magnus Bergström


 ヴィッレマルクは、自作の歌に加えて、スカンジナビアの現代詩、中国や日本の古詩、オクタビオ・パスやフランチェスコ・ペトラルカのテキストなどから歌詞を形成したという。それとトラッドとジャズとの相互作用が『Pasado en claro』では表現されている。トラッドの中でも特にフィドルの曲は密度が高く、音符が詰まったものになる傾向があるとヴィッレマルクは指摘しているが、『Pasado en claro』では拡げた空間に新たにアンサンブルを形成していく新鮮さが感じられた。



 少し古い映像だが、ヨルミンとフェルトが参加したボボ・ステンソン・トリオが森の中で演奏する姿を収めたものがある。スウェーデンのテレビ番組で放送されたようだが、演奏も環境も素晴らしく(ラストにはオーネット・コールマンの「Una Muy Bonita」が演奏される)、彼らが共有することが録音作品以上によく伝わってくる。ヨルミンは『Pasado en claro』について「それぞれのミュージシャン独特の音楽的方言が混ざり合い、通じ合う」と述べていたが、この映像からもそのことは感じ取れて、それは『Pasado en claro』に至るまでのヨルミンの音楽に通底している本質でもあるのだと思う。




■作品情報
Anders Jormin 『Pasado en claro』
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