昨年、名門レーベルであるヴァーヴ・レコードと契約、現在23歳という若さにして圧倒的な表現力を持つ正統派ジャズ・ヴォーカル・クイーン、サマラ・ジョイ(Samara Joy)。2023年2月6日に開催される第65回グラミー賞では、「最優秀新人賞」と「最優秀ジャズ・ヴォーカル・アルバム」の2部門にノミネートされている。
本日2月1日には、アルバム『Linger Awhile』の日本盤がリリース。
TikTokでは20万フォロワー、220 万以上の「いいね」を獲得している彼女について、音楽評論家の原田和典さんによる解説を掲載。




ジャズメイア・ホーンやシリル・エーメの名を一躍高めた権威ある「サラ・ヴォーン・インターナショナル・ジャズ・ヴォーカル・コンペティション」から、またひとりニュー・スターが登場する。2019年度のウィナーであるサマラ・ジョイが名門ヴァーヴ・レコーズと契約、来る2月に待望のメジャー・デビュー作『リンガー・アワイル』を国内発表するのだ。



そもそもヴァーヴは1956年、プロモーター/プロデューサーのノーマン・グランツがエラ・フィッツジェラルドの新作をリリースするために設立したといわれるレーベル。“ソングブック・シリーズ”を筆頭に驚異的な多作を誇ったエラを筆頭に、ビリー・ホリデイ、アニタ・オデイ、ニーナ・シモン、ヘレン・メリル、ベティ・カーター、ディー・ディー・ブリッジウォーター、ダイアナ・クラール、男性ではメル・トーメ、ジョー・ウィリアムス、サミー・デイヴィスJr.等が去来、あのフランク・シナトラが自ら社長になるべく買い取りを計画したという説まで流れるほどの「ヴォーカルの超名門」だ。歌い手にとっては、最高のステイタスを持つ学部の扉を叩くようなものであろう。



サマラは今回のヴァーヴ入りに関して、こう述べている。「私の最も偉大なヴォーカルのインスピレーションの源であるアーティストが多数在籍するヴァ―ヴの一員になれて、とても光栄です。この系譜の一部であることは少し畏れ多いですが、私はシンガーとして、アーティストとして、自分自身のユニークな旅を追求するために、彼女たちから得たすべてのインスピレーションを大切にしたいと思っています」。
彼女の声はとんでもなく優しく、尋常ではないほどしなやかだ。まさしく、絹の肌触り。その質感は、先にヴァーヴから作品を発表していた歴代の偉大なシンガーたちを凌ぐのではないかと個人的には思っている。
どうしてこんな柔らかに、しかも力強さや張りを保ちながら歌いこむことができるのだろう。即座に思い出したのはアニタ・ベイカーのヴォ―カリゼーションだが、サマラの方向性はクワイエット・ストーム路線ではなくアコースティック・ジャズだった。ウォルター・スミス三世やジョン・エスクリートも力作を出しているWhirlwind Recordingsから世に出たファースト・アルバム『Samara Joy』、および当ヴァーヴ盤を耳にして、筆者なりに気づいたサマラの魅力をまとめてみたい。




★血筋の良さ
高校生の時に応募した「エッセンシャリー・エリントン・コンペティション」、および前述「サラ・ヴォーン・コンペティション」で優勝した時、彼女はサラ・マクレンドンと名乗っていた。祖父母の名はエルダー・ゴールドワイア・マクレンドンとルース・マクレンドン。ふたりはゴスペル・グループ“ザ・サヴェッツ”のメンバーとして、ニュージャージーにオフィスを持つチョイス・レコーズやゴスペル・レコーズ(チャーリー・パーカーなど数々のジャズメンが録音を残した“サヴォイ・レコーズ”の、ゴスペル部門)等から数々のレコードを発表、そのいくつかはネット上でも聴くことができる。当然ながら幼いサマラも教会音楽に親しみ、ゴスペルで歌唱やリズムへの乗り方の基礎固めをしたうえで、ジャズの世界に飛び込んだものと思われる。

★ヴォーカリーズの復権
ジャズ・ヴォーカルと他ジャンルのヴォーカルの際立った違いは何か。最も顕著なものに「フェイク」「スキャット」をあげても間違いではないはずだ。が、サマラは、近年、ほとんど顧みられていない一つの方法に着目している。「ヴォーカリーズ」、つまり、かつてその曲をレコーディングしたジャズメンのアドリブ・ソロに歌詞をつけて歌う手法だ。当ヴァーヴ盤でのサマラは、「アイム・コンフェッシン」の途中でレスター・ヤングのアドリブ・ソロを歌い(1952年録音のアルバム『ザ・プレジデント・プレイズ』ボーナス・トラックが元ネタであろう)、さらに1950年に亡くなったトランペット奏者ファッツ・ナヴァロがスタンダード曲「アウト・オブ・ノーホエア」のコード進行に基づいて書いた「ノスタルジア」も作者の吹奏フレーズ込みでヴォーカル・ナンバー化している。マンハッタン・トランスファーがカウント・ベイシー楽団やクリフォード・ブラウンの名演に歌詞をつけて歌ったアルバム『ヴォーカリーズ』から30数年を経て、今、ようやく、再び、この歌唱アプローチに注目が集まりそうだ。





★絶妙なメンバーと曲目の選択
期待の星のメジャー・デビュー作なのだから、豪華ゲストをこれでもかと招いて、売れ線楽曲もたっぷり入れて、にぎやかに通すのもひとつの「手」ではあったことだろう。が、サマラ、およびプロデューサーのマット・ピアソン(元ブルーノート、元ワーナー・ブラザーズ)は注意深くこれを避けている。70年代から活動するドラマーのケニー・ワシントンは別格的な存在であろうが、他はギターのパスクァーレ・グラッソ、ピアノのベン・パターソン、ベースのデヴィッド・ウォン等、彼女にとっては兄貴分的であろう存在が脇を固め、演奏は極めてリラックスし、歌には開放感が溢れる。選曲も「ああ、彼女は本当にジャズに魅入られているんだなあ」と思わせるものばかり。ベティ・カーター、アーネスティン・アンダーソン、ジャズメイア・ホーンも歌っているジジ・グライス作の楽曲「ソシアル・コール」を、ぜひ各ヴァージョンと聴き比べていただきたい。



★どこをとってもジャズ!
どんな風にも進化発展し、いかようにもメタモルフォーゼするところもジャズの大いなる魅力であり、だからこそ自分は生まれてこのかた飽きることなくジャズを楽しんでいるわけだが、その一方で、360度どこを切り取っても「これがジャズだ」と断言できるサウンドは永遠に有用であり、それが新鮮に響くなら鬼に金棒だ。サマラ・ジョイの表現する音楽は、なんのエクスキューズも必要としないジャズである。そうした音楽家が、TikTokで100万以上のいいねを得ているというのも実に嬉しい話だ。ジャズのかっこよさが、彼女を通じてさらに次世代に広まってゆくことを心から願う。

2023年1月 原田和典


【作品情報】
サマラ・ジョイ『リンガー・アワイル』
2023年2月1日(水)発売
SHM-CD:UCCV-1194 ¥2,860(税込)
Verve/Universal Music
試聴・予約:https://Samara-Joy.lnk.to/LingerAwhilePR