9月18日に発売された上原ひろみのニュー・アルバム『Spectrum』。2009年の初ソロ作『プレイス・トゥ・ビー』以来、じっくりとピアノと濃密な時間を過ごして制作された10年ぶりのソロ・ピアノ・アルバムであり、30代の上原ひろみのピアニズムを刻み込んだ渾身の作品である。この作品を評論家はどう聴いたのか。本サイトでお馴染みの藤本史昭と原田和典によるクロス・レヴューをお届けする。


10年ぶりとなる上原ひろみのソロ・ピアノ作。10年というとちょっとした歳月だが、届けられた音楽は、待たされたその時間を帳消しにして余りある圧倒的なものだった。

一聴、驚愕したのは、強力なピアニズムにさらに磨きがかかっていること。指回りの完璧さのみならず、すべての音が息づき、多彩な光を放ち、エネルギーを迸らせている、という点において、僕はポリーニを初めて聴いた時の衝撃を思い出した。

そのことは①「カレイドスコープ」からすでに明らかだ。これはTV「新美の巨人たち」のオープニング曲として先行オンエアされていたのでご存知の方も多いと思うが、フル・ヴァージョンで聴くと、その途方もなさに改めて腰が抜ける。編集でエフェクトをかけたのかときき紛うばかりの音響的チャレンジがなされたイントロ。上行スケールとA-B-C(#)-B-A-G(#)の音型がハイ・スピードでめまぐるしく疾走し続けるメイン・パート。はたしてピアノからこういう音楽を引き出した人が、かつていただろうか。

20分を超える⑧「ラプソディ・イン・ヴァリアス・シェイズ・オブ・ブルー」も圧巻。ガーシュウィンの名曲を軸に、“ブルー”に因んだ曲を盛り込むという意匠もさることながら、通常コンチェルト形態で演奏されるこの大曲を、オリジナルのスケール感を少しも損なうことなく1人で弾ききってしまうその腕力とイマジネーションの噴出に唖然とさせられる。「ピアノは1台のオーケストラ」という、いささか使い古されたいいまわしを思わず引用してしまいたくなる超絶的なパフォーマンス!

それ以外、個人的に感銘を受けたのは、凄絶なスピード感を伴って音楽の表情が変化していく④「スペクトラム」(ここにあらわれる見事な同音連打は、ピアニストとピアノ、そして調律師の共同作業の賜物といえよう)、この曲を愛奏するブラッド・メルドーとはまた別の趣を湛えた⑤「ブラックバード」。また⑦「ワンス・イン・ア・ブルー・ムーン」の、美旋律の合間に炸裂する禍々しい強音にはピアニストの獰猛なまでの表現欲求を垣間見た気がした。

唯一無二にして凌駕不能。これは、上原ひろみ以外の誰も生み出すことのできないピアノ音楽だ。

藤本史昭



弾き手、奏で手、鳴らし手、どのように呼ぼうと上原ひろみは傑出している。すこぶる抜けの良いトーンに接していると、自分もこんな風にスカッとする文章を書いてみたいものだと心から思う。あの大きなピアノのボディ全体が打鍵のひとつひとつに共鳴し、ピンと立った音がまっすぐ空気に放たれていくような感じ。それは筆者にとってミシェル・ペトルチアーニ、オスカー・ピーターソン、ミシェル・カミロのプレイを至近距離で体感したときに通じるエキサイトメントである。とにかくピアノが“鳴りわたる”のだ。

今回の作品コンセプトは“色”であるときいた。基本的に黒と白で構成されている楽器から、じっくりとカラフルな世界を導き出し、それをリスナーと共有しようというわけか。演奏のハイレベル性もポップ性もさらに一段階、高みに達したのではという印象を抱いたが、超という文字を何回何十回も積み重ねたくなるほど圧巻なのはやはり「ラプソディ・イン・ヴァリアス・シェイズ・オブ・ブルー」であろう。ジョージ・ガーシュウィンが95年も前に書いたジャズ+クラシック風味の古典「ラプソディ・イン・ブルー」を素材にした、山あり谷ありの変奏大作だ。モチーフはどんどん発展していき、たとえば高速の列車(「ブルー・トレイン」)に搭乗したり、向こうから青い瞳の視線を感じたりする(「ビハインド・ブルー・アイズ」)場面もはさみつつ、パフォーマンスはひたすら進行する。さてここからどう結論づけていくのだろうと思ったら、そこはきちんと、もうこれ以上ないというぐらいビシッとエンディングに着地してくれる。22分を超える長尺だが、こんなに濃密かつ体感スピードの速い三分の一時間に、今後の人生でどれだけ出会えるかどうか。ジャケット裏のパッケージに録音エンジニアやピアノ調律師の名前が大きめにクレジットされているのも好感が持てた。彼らの才能、手腕もこの傑作に必要不可欠な養分である。


原田和典


 

【特別企画】
あなたも『Spectrum』レヴューを書いてみませんか?
BLUE NOTE CLUBでは、皆様からの『Spectrum』レヴューを募集します。
下記の投稿フォームからアルバムを聴いたご感想をお寄せください。
投稿いただきましたご感想は、選考の上、本サイトにて順次掲載させていただきます。

※締切:10/20(日)

 

【ご投稿はコチラ】https://bluenote-club.com/enquete/266978

 




■リリース情報
『Spectrum』

NOW ON SALE
初回限定盤SHM-CD 2枚組 UCCO-8031/2 \3,300 (+tax)
通常盤SHM-CD UCCO-1211 \2,600 (+tax)
高音質SA-CD~SHM仕様 UCGO-9054 \4,000 (+tax)
TELARC / ユニバーサル ミュージック
購入・試聴はこちら https://jazz.lnk.to/SpectrumPR

【収録曲】
1. カレイドスコープ
2. ホワイトアウト
3. イエロー・ワーリッツァー・ブルース
4. スペクトラム
5. ブラックバード
6. ミスター・C.C.
7. ワンス・イン・ア・ブルー・ムーン
8. ラプソディ・イン・ヴァリアス・シェイズ・オブ・ブルー
9. セピア・エフェクト

上原ひろみ: piano
2019年2月20日~22日、カリフォルニア州マリン・カウンティ、スカイウォーカー・サウンドにて録音

【初回限定盤ボーナスCD】
1. BQE
2. シシリアン・ブルー
3. シュー・ア・ラ・クレーム
4. パッヘルベルのカノン
5. ビバ! ベガス - ショー・シティ・ショー・ガール
6. ビバ! ベガス -デイタイム・イン・ラスベガス
7. ビバ! ベガス -ザ・ギャンブラー
8. プレイス・トゥ・ビー
2010年8月20日、21日、ブルーノート・ニューヨークにてライヴ録音

Hiromi - Spectrum (Album Trailer)
https://youtu.be/-MLFP2UBlaA
Hiromi - Spectrum (Live)
https://youtu.be/A8RCz_RoefM


■ツアー情報
上原ひろみ JAPAN TOUR 2019 “SPECTRUM”
11月17日(日) 東京 サントリーホール
11月19日(火) 広島国際会議場 フェニックスホール
11月21日(木) 札幌文化芸術劇場 hitaru11月23日(土) 水戸芸術館 コンサートホールATM
11月24日(日) 大阪 ザ・シンフォニーホール
11月26日(火) 金沢市文化ホール
11月27日(水) 長野市芸術館
11月29日(金) 四日市市文化会館 第1ホール
11月30日(土) 静岡市清水文化会館マリナート 大ホール
12月1日(日) 大阪 ザ・シンフォニーホール
12月3日(火) 愛知県芸術劇場 コンサートホール
12月6日(金) サンポートホール高松 大ホール
12月7日(土) 岡山市民会館
12月8日(日) アクトシティ浜松 大ホール
12月10日(火) 新潟県民会館
12月11日(水) 日立システムズホール仙台
12月13日(金) 東京 サントリーホール
12月14日(土) 東京 すみだトリフォニーホール
12月15日(日) 横浜 みなとみらいホール
12月17日(火) 福岡シンフォニーホール
12月18日(水) 大分 別府ビーコンプラザ フィルハーモニアホール
12月19日(木) 山口市民会館 大ホール
※チケット一般発売中

■Links
上原ひろみ公式サイト http://www.hiromiuehara.com/
上原ひろみ公式インスタグラム https://www.instagram.com/hiromimusic/
上原ひろみスタッフTwitterアカウント  https://twitter.com/hiromispark
ユニバーサルミュージック上原ひろみサイト   http://www.universal-music.co.jp/hiromi-uehara