毎年恒例、BLUE NOTE CLUB執筆陣による今年愛聴したジャズ・アルバム3枚をご紹介します。

 


 

ミシェル・ンデゲオチェロ / オムニコード・リアル・ブック (Blue Note)

 

 

まず、ミシェル・ンデゲオチェロの 『オムニコード・リアル・ブック』(ブルーノート)を挙げる。DC生まれ、1993年にワーナー傘下にあったマドンナのマーヴェリック・レーベルからデビューしたシンガー/ベーシストのンデゲオチェロは進行形米国ブラック・ミュージックの精華を出し続けるクロスオーヴァー派だ。

 

ぼくはといえば、どうして彼女はブルーノートからリーダー作を発表しないのかとずっと不思議に思っていた。なぜなら、彼女はブルーノートの現路線を鮮やかに伝える作品をプロデュースしているから。一つはジェイソン・モランの2014年作『オール・ライズ』であり、もう1作はマーカス・ストリックランドの2016年作『Nihil』。ともに、鋭敏なジャズ感覚と知識を糧とする前を見たアルバムで、そんな逸品を制作しているンデゲオチェロが同社から作品を出さないのはおかしい。そういえば、現ブルーノートの売れっ子であるロバート・グラスパーもこのところ彼女を録音に呼んでいる。

 

そして、ついにブルーノートから発売された『オムニコード・リアル・ブック』はソウル/ファンク、ジャズ、ヒップホップ、ロック、エレクトロなど様々な語彙が交錯し、オルタナティヴなストーリーや風景を描いている。非純ジャズ要素も満載だが、そこにある想像を絶する折衷と混沌の様は過去から受け継がれてきた鋭敏なジャズ感覚がなければ出し得ないものであると確信する。

 

 

蛇足だが、ぼくの2023年のベスト発掘作はニーナ・シモンの1966年ニューポート・ジャズ・フェスティヴァル出演時の模様を伝える『ユーヴ・ガット・トゥ・ラーン』。ンデゲオチェロの2012年作『Pour une Âme Souveraine: A Dedication to Nina Simone 』は“電波”傾向を介したシモンへの追悼作だった。

 


 

藤井郷子 東京トリオ / ジェット・ブラック (Libra)

 

 

インターナショナルな活動規模と鬼のようなアルバム発売の数を誇るピアニストの藤井郷子の東京トリオによる新作『ジェット・ブラック』は、間違いなく純アコースティックなブツとしては今年屈指の仕上がりだ。

 

須川崇志と竹村一哲という、渡辺貞夫なども起用する働き盛りの精鋭リズム・セクションを起用する東京トリオだが、どーしてこうなったの連続。ソングライティングにも長けた藤井の楽曲のもと、トリオ、それぞれのソロ、藤井と須川、藤井と竹村、須川と竹村という各デュオ演奏が万華鏡のごとく組み合わされ、新造形のピアノ・トリオ表現として結実する。よくもこんな複雑怪奇な設定を考え、それを一糸乱れず具現するものだ。

 

しかも、それぞれの楽器音はいろんな奏法を取り様々なあれれという音色を出す。“我が道を行く”の三乗、四乗がここにはある。しかも、それぞれのソロはこれぞリアル・ジャズという精気とブっとびに満ちているのだから! 感激しかない。

 

 


 

Arooj Aftab, Vijay Iyer, Shahzad Ismaily / Love In Exile (Verve)

 

 

『Love In Exile』はもう一つのNYの今を感じさせてくれる即興作品だ。パキスタン人シンガーであるアルージ・アフタブ(2022年作『Vulture Prince』で、グラミーの最優秀グローバル・ミュージック・パフォーマンス賞を獲得した)、現在ECMから最厚遇されているピアノニストの(ここでは電気ピアノ/エレクトロニクスも担当する)ヴィジェイ・アイヤー、電気/鍵盤ベースやエレクトロニクスを操るNYボーダーレス・シーンで活動するシャザード・イズマリー、その3人による。

 

 

実は作編曲やプロデュースにも3人の名前が対等にクレジット、同作は三者がスタジオに入りせえのでレコーディングされた。無理のない連鎖に次ぐ連鎖が収められ、アフタブは本国のウルドゥー語で流れるように歌う。レイヤー感を抱えるエレクトロ感覚とエキゾ性と不思議な安らぎを抱えつつ鋭敏な丁々発止が示される『Love In Exile』はなかなか言葉にしにくい。一つ言えるのは各曲が一発モノとは思えない起承転結を持つこと。実はこの響きにも留意したアルバム、当初はアイヤーが所属するECMの発売リストに入っていたところ、最終的にはアフタブが契約するヴァーヴから出された。

 

あれれ、女性関連作でまとめた形になってしまった。