一つのジャンルに準拠しない音楽がより好まれ、またブラック・ライヴズ・マターという言葉が出てきた現在。だからこそ、再評価の機運が大きくなっているだろうシンガー/ピアニストのニーナ・シモンの未発表のライヴ音源が、生誕90周年となる2023年に世に送り出される。

 

 ソースは、1966年7月2日のニューポート・ジャズ・フェスティバルにおける実演だ。ロードアイランド州ニューポートの避暑地で毎夏行われている同祭は1958年の模様を収めた映画『真夏の夜のジャズ』でよく知られるようになった、名ジャズ・プロモーターであるジョージ・ウェイン(1925〜2021年)が仕切る大型野外ジャズ祭だ。基本恵まれた白人を聴衆とするフェスだが、1966年にこの反骨のブラック・ディーヴァが出演した際にはこんなパフォーマンスをしたのか。もう曲を聴き重ねるたびに、へえこんなことをしていたのという驚きと多大な感慨が頭のなかで渦巻く。ああ、うれしすぎる。

 

© Tony Gale-Pictorial Press-Cache Agency

 

 まず、情感がリアル。2曲目のガーシュイン著名曲にしてシモンの当たり曲でもある「アイ・ラヴズ・ユー、ポーギー」が始められた際の、この曲が聴けるのといった感じの観客の自然発生的な歓声のしびれちゃうこと。いい観客たちじゃないか。また彼女が入れる曲の説明やメンバー紹介なども収められ、どれもがシモンたる正の像に繋がる。メンバーの掛け声なんかもしっかりと残されている。これは、生理的になんとも気持ちが良い。

 

 そして、もっと特筆しなければならいのは、カルテットによる彼女のパフォーマンスの様だ。乱暴に言えば、真っ黒でストロング。そして、精気に満ちる。実はクラシックの素養も持つ彼女はブルースを歌っても何処かそれに収まらないメロウな余韻を残す方向にあった。ストリングスを付ける場合も少なくなく、ブラックネスをまっすぐに出すことはせず“+α”を持たせる傾向を往々にして取った。それこそは、彼女のエヴァーグリーン性に繋がるものでもあるだろう。しかし、ここではそういう大人な部分はあまりなしにして、“ネイキッドなニーナ・シモン”と言いたくなる聴き味が横溢する。その要点は同様の編成でレコーディングされたライヴ盤『Nina At Newport』(1960年)、カーネーギー・ホールで1964年に録られた『ニーナ・シモン・イン・コンサート』などと比べても異色であると言える。

 

© CEA-Cache Agency

 

 このころ、シモンは『パステル・ブルース』(1965年)、『Sings the Blues』(1967年)や『Silk & Soul』(1967年)と言った比較的ブルースやR&Bのスタイルに準拠する作品を出しており、ここでのライヴもその流れにあるということも可能か。だが、そこは実況盤、ここにはより剥き出し感に満ちている。

 

 伴奏者はギターのルディ・スティーヴンソン、ダブル・ベースのリスル・アトキンソン、ドラムのボビー・ハミルトンという当時のワーキング・バンドの面々だが、彼らの演奏もおいしくも率直。たとえば、アビー・リンカーンの詩を用いたブルース曲である「ブルース・フォー・ママ」におけるリアルなブルース衝動を湛えたギター・ソロは格好良すぎる。続く、ブルースの“うなり(モーン)”の感覚とゴスペル感覚をつなげた「ビー・マイ・ハズバンド」も素晴らしい。この曲は『パステル・ブルース』のオープナーであるのだが、それと同様にストンプ音とハイハットのアクセント音(実はこの溜めたタイミングこそは、米国黒人音楽の美点を照らし出す)だけの伴奏でピアノを弾かずに歌う彼女の凛とした風情と言ったなら。

 

Blues For Mama (Live at Newport Jazz Festival, Newport, RI / July 2, 1966 / Audio)

 

そして、彼女をアイデンティファイする反黒人差別曲「ミシシッピ・ガッダム」の闊達さはどうだろう。ここで彼女はより早いテンポのもと、この曲の持つポテンシャルを意気揚々と解き放つ。毅然とした歌い口もばっちり、これは名パフォーマンスだ! こうした曲群に触れると、ニューポート・ジャズ祭の常連であったシモンがこの出演時は“白いジャズ・フェス”に対して冷水をぶっかけようとしたという穿った見方をしたくなってしまう。

 

Nina Simone: Mississippi Goddam Lyric Video (Live at Newport, 1966)

 

その音楽的な質といい、臨場感といい、これは米国ブラック・ミュージックのライヴ盤として最上級となるものではないだろうか? 本作を聞いていると、エリック・ドルフィーの『ライヴ・アット・ファイヴ・スポット』、ダニー・ハサウェイの『ライヴ』、パーラメント/ファンカデリックの『P-ファンク・アース・ツアー』といった音楽史に燦然と輝くライヴ盤の一角に本作をしっかりと置きたくなる。

当時の空気感が鮮やかにフラッシュ・バックもする、『ユーヴ・ガット・トゥ・ラーン』という蔵出しのライヴ・アルバム。アフリン・アメリカン音楽の積み重ねやその決定的な妙味を、シモンらしいなんとも奥深い個性でもって煮詰め、濃くも瑞々しく結晶させた逸品と言うしかない。

 


 

【リリース情報】

ニーナ・シモン『ユーヴ・ガット・トゥ・ラーン』

2023年7月21日(金)発売

UCCV-1195 ¥2,860(税込)

https://Nina-Simone.lnk.to/YGTL_Live

 

 

1.  ユーヴ・ガット・トゥ・ラーン

2.  アイ・ラヴズ・ユー、ポーギー

3.  イントロ・トゥ・ブルース・フォー・ママ

4.  ブルース・フォー・ママ

5.  ビー・マイ・ハズバンド

6.  ミシシッピ・ゴッダム

7.  ミュージック・フォー・ラヴァーズ

 

 

ニーナ・シモン(vo, p)

ルディ・スティーヴンソン(g)

リスル・アトキンソン(b)

ボビー・ハミルトン(ds)

★1966年7月2日、ニューポート・ジャズ・フェスティバルにてライヴ録音

 


 

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